コラム
私はインターン時代、大きな壁というか矛盾に悩み続けました。それは、スポーツ障害で来院してきた少年の90% が負傷の瞬間を特定できない損傷、つまり原因不明の痛みだったのです。
「同じ学年」「同じ運動量」「同じ種目」、更には「同じような体型」「同じような生活環境」にもかかわらず、
なぜ一部の少年だけにスポーツ障害が起こってしまうのか、その矛盾に悩んだのです。
運動のし過ぎ、つまりオーバーユース(使い過ぎ症候群)では説明がつかないのです。
なぜなら、レギュラーで他の仲間より多く運動していても痛くならない者はならない。
逆に、補欠で他の選手より明らかに運動量が少ないにもかかわらず、スポーツ障害が起こってしまう、
という矛盾に悩んでいたのです。
また、OL など大人を観察した場合でも、エアロビクスやジョギングをして著しく健康になる人がいる一方で、逆にひざや腰、更に首を痛めて頭痛や肩凝り、めまい、うつなど不定愁訴を発症してしまった者も多くいたのです。
更に、高齢になってもいつも元気な老人と、逆にいつも具合の悪い老人。一生において、この大きな差はいったい何であろう、本当の原因は何か、必ず何か隠れている原因、今まで気がつかなかった本当の原因があるはずだと悩んでいたのです。
それを裏付けるかのように、接骨院を訪れる患者さんの90%、整形外科の80% が、同じように負傷の瞬間が特定できない痛み、はっきりとした原因が思い当たらない亜急性・慢性的な痛みだったのです。
はっきりした原因がある者、つまり負傷の原因と症状が一致する新鮮な損傷で来院する人は、接骨院ではわずか10% 前後しかいなかったのです。
なぜなんだろう、どうして痛くなる者とならない者に分かれてしまうのだろうと、来る日も来る日もそのことだけで頭がいっぱいで、希望を失いかけていた頃、ふと足に目をやったその瞬間、何か不自然なものを感じたのです。
よーく見ると「外反母趾」「指上げ足(浮き指)」が共通点になっていることに気づいたのです。「これなんだ!!」と思いました。

それからは、気持ちが一転し、夢中になって患者さん全員の足を診ました。主訴を足から診たのです。
例えば、首の痛みやだるさからくる肩凝り、頭痛、めまい、更には不整脈、自律神経失調症状、更年期と診断された者であっても足をみました。
特に、腰痛、ひざ痛を起こした人は念入りに見ました。何千人と見ても、また見れば見るほどその確信が高まっていたのです。
独立開業して12 年目にやっと念願であった、海外にまで調査に行くことができました。裸足で歩く国の人たちと日本人の足の違い、特に原因のはっきりしない痛みや不定愁訴で悩む人たちの足との差、その比較調査を行ったのです。
インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、メキシコなどの奥地や離れ小島で、ほとんど裸足で生活している人たちの足を、それから5 年かけて調査したのです。調査結果は歴然としたものでした。
また、その調査の中から「日本人の子どもの足と体が危ない」状態にあることも知ったのです。「足と健康との関係」や「重力とのアンバランスが原因のはっきりしない損傷を起こしている」など医学書にないことも多く発見することができました。これが、足の研究に更にのめり込む始まりだったのです。

後ろ髪
当時、私の接骨院の従業員数は12 名でしたが、1 日250~300 人の患者さんでごった返していました。狭いせいもあり、待合室と治療室の入り口付近は満員電車のようでした。その中では、瞬時の判断が要求され、その連続により何とか1 日を終えることができたのです。
その頃は、「治療を休む時は、死ぬ時だ」と本気で考え、仕事に燃え、仕事に命をかけていた時期でした。だから、たとえ調査であれ何であれ、1 .2 週間治療室を空けるということは身を削られる思いであり、また、出発の時は、「後ろ髪を引かれる」という言葉の意味はこういうものかと分かった気がしました。
しかし、それを振り切る、じっとしていられない思い、「知りたい、今行かなければ」という胸騒ぎや不安にも似た焦りが上回り、第1 回目の調査を決行したのです。
孤独な調査
調査には、ガイド、通訳、それに誘拐されないよう兵士を雇わなければならず、いろいろな費用も思いの外かかってしまうものです。調査は、初めのころインドネシア奥地で裸足の生活をしている人たちが対象でした。ただ町へ出るときは、タイヤの一部を切って作ったサンダルを履いていました。
村人の生活習慣や文化も何も分からず、その上予備知識の準備もできていなかったので、一人では何もできず、ただただ孤独でした。夜は、一日の緊張と暑さでぐったりするだけです。最初の1 週間はいつも気の休まることはなく、気の弱さを嘆いたものです。
村の風景は、私の小学校時代育った田舎に似ていましたが、ところどころにそれよりずーっと昔に感じられる風景が多くありました。1 週間が過ぎる頃、やっと心が通じ合い、朝起こされるまで寝ていることができました。
調査は、訪れた村々でガイドに頼んで村人を集めてもらうのですが、初めは大人でもなかなか出てこない、かなりシャイで純心さが伝わってくる中、1000 ルビア(当時の日本円で80 円位)をあげると、みんなわれ先にと協力してくれました。

結果
車で、更に内陸部へ向かっていたとき、村が見え小学校があったので突然訪ねて、校長に訳を話すと、心よくその日の授業を中止し、足の調査に生徒全員が協力してくれました。貴重な調査結果がいくつも出ました。
裸足で歩く国の小学生と、日本の小学生の比較調査でも、外反母趾や指上げ足(浮き指)の場合、どちらも小学校へ入学する前は大きな差はなかったのですが、1 年生から6 年生へと年齢が上がるにつれ、大きな変化が見られました。
日本の子どもの場合、年齢が上がるにつれ、外反母趾や指上げ足(浮き指)が増え、それに伴って指上げ歩き(歩行時、足指が地面に接地しない歩き方)が増え、特に3 .4 年生位からその変化が目立ち始めました。
一方、裸足で歩く国の子どもの場合、年齢が上がるにつれ、逆に足の指がしっかり地面を捉え、踏ん張って歩くようになってきます。やはり、3 .4 年生位からはっきりしてきます。

奥地で2 人の日本人女性と出会う
今までの調査の中で、内陸部のそれぞれ全く異なる村で、2 人の日本人女性と出会いました。何でこんな山奥にいるのだろうかと不思議であり、その理由を最初に聞きました。また何日振りかで日本語が話せるので安心感と共にストレスが取れた感じがしました。
そして、その理由は、ご主人と若い頃リゾート地で知り合い、結婚して暮らしていたようですが、35 歳を過ぎた頃、年齢的な面から解雇され、そのままご主人の出身地の山奥へついてきたということでした。
何よりも興味深かった話は、その日本人女性の2 人共、以前は外反母趾だったのが奥地に移り住んで裸足の生活を2 年続けたら、外反母趾が治ってしまったということを聞くことができたのです。
やはり、足裏の適度な刺激による「足底反射」が外反母趾の改善や予防に効果があるという、以前からの私の仮説を再現し、証明してくれたようなもので、このときばかりは大いに喜んだものです。